
シアサッカーのジャケットにポロシャツ、バミューダパンツ。そしてスニーカー。サーファーだからといって、Tシャツと短パン、ビーサンだけで過ごさなかったのが、薫のスタイルだった。
1日中サーフィンして、夕方から東京に遊びにいって、明け方鎌倉に戻ってきて寝て、
起きて、波チェックして。そんな朝も、薫はトレンチコート着て、海で歯磨きしてた。
セイシェルにサーフトリップしたときだって、襟のあるシャツとパンツとエスパドリュー持っていく。ディナータイムはドレスアップするのが当たり前って考えだったんだよ。

60年代後半から70年代、その当時から僕たちは、Levi's 501を履いていたんだ。それに古着のアロハを合わせたりして、湘南から来たそんな俺たちを見て、ランチの源さん(ハリウッドランチマーケットのBOSSこと、垂水源さん)が珍しがって、可愛がってくれたのかもしれない。そういえば、薫が面白かったのは、ジーンズの下には下着を一切履かない。それがアイツのフィロソフィーだったんだろうね。
この写真は、僕が撮って、フィルムを現像して、暗室でプリントを作っていたら、デビル西岡が出来上がったプリントを見て、「僕にもプリントやらせてよ」って言うんで、引き伸ばし機にネガを入れたまま使わせてあげたら、「たいちゃん、こんなのどう?」って。あいつは、何分現像液に浸けるとか、何分で停止液に浸けるとか、関係ないから。ムラができても全く気にしてなくて、アートに仕上がっちゃう。それがデビルのスタイル。
本人同士は、仲よくはならなかったけれど、こういうところで、なぜか繋がってた。僕から見ると、同じくらい感覚的な光るモノがあったんだ。
俺たちは、そんなふうにいつも何かで遊んで、セッションしていたんだね。
写真は、「大野薫 Badfish」に掲載。
