Vol.18 東洋の聖林

 

「ブルース・リー」や「ジャッキー・チェン」はいまや誰もが知っている 世界的な映画スターだけれど、僕にとって香港の映画スターと言えば直ぐに「ブルース・リー」が思い浮かぶ。最近、SNSでブルース・リーの人並み外れた才能を伝えるインタビューや映像が流れてくるが、改めて見入ってしまう。彼らはハリウッドに進出して、香港映画の底力を世に知らしめたのだけれど。そんな偉大なスターたちを輩出してきた香港に、80年代後半、映画俳優の取材で行ったことがあった。当時、香港は「東洋のハリウッド」と称された黄金期だった。(*1)

撮影所に行くと丁度、日本の映画監督の羽仁進の娘の羽仁末央(1964~2014)が偶然いたんだ。彼女のお父さんの別荘が葉山の近く、秋谷にあって、未央は時々そこでフルムーンパーティとかやっていてたから、僕は何度か遊びに行ったことがあった。香港で会えるなんていい機会だからって彼女を撮影していたら、「今日はジャッキー・チェンが来てるのよ」って言う。でも残念ながら会うチャンスはなかった。

40年近く前の話だ。今では香港映画の大御所となった監督や俳優が、まだ実力を発揮しはじめたばかりの頃だった。香港映画を世界レベルへと押し上げた革新監督のひとり、「ツイ・ハーク」 や、クエンティン・タランティーノやマーティン・スコセッシのアイコンとなった脚本家の「ジョン・ウー」(*2) に会うことができ、映画の撮影現場の取材もあったりと、結構忙しい毎日だった。

ツイ・ハークジョン・ウー

世界に影響を与えた、アクション映画の撮影現場は台本なんてあって無いようなもんで、監督がその場その場の雰囲気で次から次へと状況を変えていく。役者もそれに応えて自分たちのやり方で見事に演技してるのには驚かされた。それがあの香港映画独特のスピード感溢れるアクションになっているんだと納得。

いよいよ、今回の取材の目玉の「チョウ・ユンファ」 を撮影できることになって、編集者の女性が彼に渡そうと持ってきていた花束の中から薔薇の花を1本抜いて彼に持ってもらったんだ。その時の優しい笑顔があまりにも素敵で忘れられない。映画で見る、哀愁を秘めた表情とは全く違った。

チョウ・ユンファ

取材現場に向かう途中、ひどい渋滞で、間に合いそうもなくて、慌ててタクシーを飛び降り、地下鉄で移動した事も、香港映画のアクションシーンを思い出す感じで楽しい思い出だ。当時まだ、20代だった「アンディ・ラウ」はすごく感じがよかった。いまでは彼ももう60代半ばの大御所俳優だ。ほかにも人気のある俳優達を撮影できたのも楽しかったね。彼らには香港俳優のスマートな格好良さがあった。

アンディ・ラウ


取材で行ったジャズバーがまた最高で、返還前の古きよき香港らしさっていうのかな、そんな雰囲気が残っていた。スターフェリーで九龍(クーロン)に渡って行く船の窓から見えるビクトリア・ハーバー、夜景に揺れるネオンがまたなんとも言えず旅情溢れていて、香港が舞台になったあの有名なハリウッド映画「慕情」に使われていた音楽「Love is a many splendored thing」が頭の中に流れてきた。

羽仁未央

香港は、もうきっと昔のようではないのかもしれない。彼らは、その後、みんな有名になったけれど、僕が写真を撮った時はまだ人生を走り始めたばかりだったかもしれない。皆に共通して感じられたのは、言葉にはならないくらい凄い情熱。もはや簡単に会うことは出来ない存在だろうから、あのとき会うことが出来て良かった。

 

*1 1980~90年代にかけて、香港映画の国際評価を押し上げた代表的な作品は、『男たちの挽歌』(1986)(監督:ジョン・ウー、主演:チョウ・ユンファ)、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』(監督:ツイ・ハーク、主演:ジェット・リー)。『欲望の翼』、『恋する惑星』(ウォン・カーウァイ監督)など。

*2  ジョン・ウーはトムクルーズの『ミッションインポッシブル』の監督。