コンテンツにスキップ
Vol.19 森永博志「ドロップアウトの偉い人」
4月15日、今日は森永博志の命日だ。
70年代後半から80年代前半、僕は友達とバリでアンティークの買い付けや現地の生地で作った洋服をデザインしては日本で販売していたんだ。もちろん波乗りもかねて、毎年何度もバリを訪れていた。そして、手に入れたアンティークや服が売れて、まとまったお金が入ると、また、旅に出た。行く先は決まってアイランドだった。暖かくて波さえあればどこでも良かったけれど、当時のバリにはそれらすべてがあった。東京では「ハリウッドランチマーケット」が扱ってくれたり、大阪ではアメリカ村が大流行りの時代で「ラハイナ」って言う知り合いのお店に持って行くとその場で現金で買ってくれた。
続きを読む...
Vol.18 東洋の聖林
「ブルース・リー」や「ジャッキー・チェン」はいまや誰もが知っている 世界的な映画スターだけれど、僕にとって香港の映画スターと言えば直ぐに「ブルース・リー」が思い浮かぶ。最近、SNSでブルース・リーの人並み外れた才能を伝えるインタビューや映像が流れてくるが、改めて見入ってしまう。彼らはハリウッドに進出して、香港映画の底力を世に知らしめたのだけれど。そんな偉大なスターたちを輩出してきた香港に、80年代後半、映画俳優の取材で行ったことがあった。当時、香港は「東洋のハリウッド」と称された黄金期だった。(*1)
続きを読む...
Vol.17 Surfers
1998年7月発行の「サーフィンライフ」誌の表紙になった「Surfers」
続きを読む...
Vol.16 枡田琢治と山本耀司
2001年だったと思う、プロロングボーダーの枡田琢治から連絡があって、彼が作った媒体『SUPER X MEDIA MAGAZINE』に載せる写真を撮影してもらいたいと持ち掛けられた。
続きを読む...
Vol.15 CHRIS CHRISTENSON
クリスがちょうど日本に来ているらしい。残念ながら来日パーティには行かれなかったけれど、改めて彼の活躍を素晴らしいと思っている。世界のベストシェーパーのひとりだ。
続きを読む...
Vol.14 機上の変なオヤジ
80年代前半、アンティークや服の買い付けのため、もちろん波乗りもかねて、毎年何度もバリを訪れていた。そして、手に入れたアンティークや服が売れて、まとまったお金が入ると、また、旅に出た。行く先は決まってアイランドだった。暖かくて波さえあればどこでも良かったけれど、当時のバリにはそれらすべてがあった。
続きを読む...
Vol.13 フレッチャー ファミリー
昨日、ふと見ていたインスタグラムで、クリスチャン・フレッチャーの若い頃のドキュメントフィルムが流れてきた。ファミリーの映像もあったりして、改めて彼らとのご縁を振り返ってみた。
続きを読む...
Vol.12 湘南楽園
日がなイチニチ、海で過ごすというのに、頭のどこかでそんなふうに思っていたんだろう。だったら自分達で好きなところに陽を避ける居場所を作ろう、ということで、川南の活ちゃんとテストライダースのトシが建てたのがこれだった。
続きを読む...
Vol.11 大野薫 #3
薫の本「Badfish」が届いた。
みんなの言葉で表現された
抽象的、観念的な、薫像。
続きを読む...
Vol.10 大野薫 #2
かっこよかったね。目白にあった薫の店。スタジオみたいに広い空間だった。
続きを読む...
Vol.9 大野薫 #1
シアサッカーのジャケットにポロシャツ、バミューダパンツ。そしてスニーカー。サーファーだからといって、Tシャツと短パン、ビーサンだけで過ごさなかったのが、薫のスタイルだった。
続きを読む...
Vol.8 大野薫 #0
あの頃の俺たちは、とにかく毎日が楽しくて
サーフィンと新しいモノに飢えていたし
満たされていた
続きを読む...