80年代前半、アンティークや服の買い付けのため、もちろん波乗りもかねて、毎年何度もバリを訪れていた。そして、手に入れたアンティークや服が売れて、まとまったお金が入ると、また、旅に出た。行く先は決まってアイランドだった。暖かくて波さえあればどこでも良かったけれど、当時のバリにはそれらすべてがあった。
いつものように搭乗手続きを済ませ機内へとすべり込む。当時のフライトは直行便で約8時間。さっさと酔って寝るために、シートベルト着用のサインが消えると同時に飲み物をオーダーして飲み始める。グラスの中身はビールからワインへと変わり、心地よい眠りに誘われるまま毛布をかぶり寝ようとしたら、隣りの席の男が話しかけてきた。50才ぐらいの白人のオヤジだ。
「今、寝るのはもったいないよ」。
たしかそんなことを言っているように聞こえた。
「これ、バリの彼女へあげるんだ」と言いながら、足下のバッグから取りだしてきたのは、見るからに安物の香水セットだった、変なオヤジだなと思っていると、
「人間の脳細胞は使えば使うほど活性化されるんだ。
だから、今、寝るなんてもったいないって言ったんだよ。
君が信じるかどうかは分からないけど、あそこにいるスチュワーデスの出身地を当ててみようか?」と言うと、「君はどこそこの出身だろ?」と彼女にたずねた。自分の出身地を当てられたスチュワーデスはびっくりしていたけれど、もっと驚いたのは僕の方だった。初めは変なオヤジだと思っていたが、次から次へと乗務員をつかまえては出身地を当てていく彼を見ているうちに、僕はいつのまにか彼のマジックにはまっていった。
次にオヤジはあの古びたバッグからモノクロ写真の束を取りだして、一枚一枚、僕に見せ始めた。色あせて変色した写真にはエジプトやギリシャ、ローマなどの遺跡を発掘しているオヤジの姿がことごとく映っていた。そのオヤジの話はフライトの間、延々と続いたのだが、その話題といえばバリの歴史や文化はもちろん、時には日本の事までにおよび、まるで僕を世界一周の旅へと連れ出したかのようで、旅が好きな僕の好奇心を満たすのに十分だった。

結局、オヤジの素性はいっさい分からないまま、飛行機はあっという間にバリに着いた。そして別れ際にオヤジは一枚の名刺を僕に渡した。そこには文化人類学者という肩書きが書かれていた。それっきりあのオヤジとは会っていないが、また、どこかで誰かをつかまえて同じ話をしているのかもしれない。
20年近く前のおぼろげな記憶の中で、あの時、あの不思議な雰囲気を持った男の話が確実に僕の脳細胞を活性化させていたことだけは、今でもはっきりと覚えている。
『cyxborg 』 2005年4月 創刊号 より
最防具

デビル西岡の作った雑誌、cyxborgのことは、また次の機会に。
