Vol.7 キアヌリーブスとUGGブーツとジャンケン

マガジンハウスの岩下さんから連絡があった。「キアヌ・リーブスが映画の宣伝で来日中なので取材の撮影をお願いします」とのことだった。「最高じゃん!」なんて思って、すぐに彼の泊まっているホテルに岩下さんと向かった。当時も今もそうだけど、カメラバックが嫌いなのでボロボロになったLLビーンのトートバックにカメラを突っこんだいつものスタイルでホテルに着いたら、取材場所はラグジュアリーなスイートルーム。すでに数社のメデイアが集まっていてざわついている。取材の部屋割りを決めている最中で、各誌の編集者がジャンケンで取材の順番を決めるなんてプリミティブな世界が繰り広げられようとしていた。僕は岩下さんのジャンケンマジックを信じるしかなかくて、かなりドキドキしたけれど、それは全くの杞憂に終わり、岩下さんは見事に運を掴んで一番手で最高な部屋を勝ち取ったんだ。

さっそく僕はその部屋でライティングとバックに使うペーパーのセッティングに取り掛かった。今は、LEDを使ったハイスペックなライトで誰でも簡単に撮影が出来る時代だけど、1980年代、当時はストロボが当たり前の世界だった。僕みたいに定常光(*1)のライティングで撮影するなんて映画の現場以外で使ってる人は少なかったんだろう、アシスタントも居ないしそんな僕を見てほかのカメラマンたちは、「こいつ大丈夫かな」なんて顔つきだった。でも僕は映画の撮影部の助手をしていたことがあるから知っていたんだ。映画では当たり前だったタングステンでのライテイングを現場で見て来たから、それをスチール撮影でもやってみれないかなと思って、色々自分なりに試して研究していた。やっと納得がいく結果が出たから、実際に取材の場でもやってたんだ。何より定常光は文字通りいつでも光の状態が目視出来て、顔周りのシャドウなんかがすぐに分かるし、絞りを開けることによって出来るボケを使って被写体を浮き上がらせてくれるんだ。ストロボはいちいちポラロイドで確認しなければ状態が分からない不安もある。だからただでさえ忙しい取材の現場では、定常光での撮影の方が機材も小さいし軽いし、僕一人で、アシスタント無しで撮影ができて、いいことずくめだった。

*1 定常光とタングステンライト・「ストロボ、定常光」ともに、理想とする光源は「太陽」。その太陽の光に近づけようと、照明機材が進化を続けてきています。定常光を使う撮影、たとえばかつて映画の撮影などでは「タングステン」が主力でした。熱を持つ事、ランニングコストが高い事、大きい事等、様々な理由で現代社会に対応できにくい機材として、スチールの取材などの現場では使われることはほぼなかったと言えます。今でも映画やCMの現場で使われることはあります。背景のボケがうまく出来ることや、温かみのある光で、雰囲気のある写真に仕上がる点も僕の好きな理由です。

 

ただ問題は、デジタルとは違って補正なんてできないから、タングステンのライティングをフィルムで撮影すると色被りしちゃう。イエローが載って、日本人の肌色だと黄色が立ってしまうんだ。だからフィルターをかましたりディフューザーで光を柔らかくしたりと大変だった。けれど白人の人の透き通るような肌の色だと不自然にならないことに気がついて、この時もあえてこのライティングで望んだという次第。もちろん念のため、タングステン専用フィルムでも撮影したけどね。ただタングステン専用フィルムは感度が低いから、どうしてもシャッタースピードが遅くなってしまう。撮影は出来てもブレブレの写真になっちゃうリスクが心配で、取材の現場ではあまり普及しなかったんだろう。

あれこれやりながらスイートルームで待機していると、映画の宣伝部の人がやって来て「すみません! 前の取材が立て込んでいて押してますんで、もう少しお待ちください」と言い残して消えて行った。それから15分ぐらいすると、今度は「なんかキアヌさんがイライラし始めていて、机の上を指で小刻みに叩き始めたんで、これはもうダメかな、、、もしかしたら次の取材はキャンセルになるかも知れません」なんて言って来た。僕達は「なんだよ~」なんて言っていたら、突然キアヌが部屋に入って来て、壁に頭をガンガン打ち付けてなんか叫んでるんだ。そこにいたみんながビックリ! 一瞬時間がフリーズしちゃった。

と、いきなりキアヌがパッと振り向いて、「さあ!取材しよう!最初は誰かな?」なんて、全くさっきとは打って変わったようにニッコリと僕らに言うもんだから、もっとビックリしたね。今となってはあれが彼流の演技だったかもしれないな、なんて思えるけれど、その場の僕たちにはそんな余裕などあるわけがなかった。緊張の走る中で「はい!お願いします」って取材が始まったわけだけど、こちらとしてはあんな姿を見せられた手前、様子を探りながら撮影に取り掛かろうをすると、これまた突然、キアヌが「君はサーファーかい?」なんて言うんだ。「どうしてわかるの?」って言ったら「だってUGGブーツ履いてるじゃん」って。それでああそうかって思ったね。当時まだUGGブーツは日本では販売してなかったけど、友達の大野薫が個人輸入してたのを僕もゲットして愛用してたからその時も履いてたんだ。そんなわけで僕も彼の前作のサーフィンをテーマにした映画の話を思い出して、「あなたもサーフィンするんだよね?」って言ったら、「ほんのたまにね、ところで今の季節だとウエットスーツはどんな種類なの?」なんて聞いてくるから、もう嬉しくなっちゃって、この時ぐらいサーファーで良かったなと思ったことはなかった。

「さあ撮影しよう!」って言ったら」「OK!何でもするから言ってよ」なんて言ってくれたから色々頼んだんだけど、嫌な顔ひとつしないでポーズを決めてくれた。最高な時間だったね。一通り撮影してもう十分良い写真が撮れたお礼をキアヌに言って、僕たちは呆気に取られている他の取材チームを横目にご機嫌な気分でホテルを後にしたんだ。

後で聞いた話では、僕らの後の取材は全てキャンセルになったらしい。今もはっきりと思うのは、あの日の最高な出来事は、岩下さんのジャンケンとUGGブーツのお陰。サーファーで良かったって、心から思った瞬間だね。

Only Surfer Knows a Filling