
スケジュールなんて言葉は、ジャックにはおおよそ関係ないものだった。、単独で行動するイルカのショジュに会いに行くという企画でなければ、彼らの旅だって実現したかわからない。1992年のことだった。ケイコス島での二週間は、ジャックと過ごした時間のなかでももっとも記憶に残るものだった。

そもそもジャック・マイヨールとイルカの物語の始まりとも言える、後に「グランブルー」という映画にも登場したクラウンという名のイルカとの1950年代の出会いから、ホモデルフィナスと自らが名付けた「イルカ人間」という発想に行きつくまでの時間がジャック・マイヨールにとってどんなものだったのか、今となっては、ときおりぼんやりとそのことに思いをはせることしか僕にはできない。そこにすべてのものがあると教えてくれたイルカとの出会いが、その後の彼の生活のペースを海の中へと移行させたことは言うまでもないけれど。

ケイコス島でジャックに再会するまでに、僕は何度か日本で彼に会っている。最初に会った時は雑誌の取材で場所は伊豆の富戸だった。ちょうどイルカの追い込み漁をやっていて、それを見ながらジャックは、「イルカは漁師に追い込まれても網の高さをジャンプして超えるくらいなんでもないことなんだ。イルカたちがそうしないで漁師たちの網に捕獲されていくのは、まさにガンジーみたいなものだ」って真面目な顔をして僕に言った。もうそれを聞いただけで、この人はただものじゃないって・・・。
だから僕としてはケイコス島でジャックを撮れるだけでよかった。
カリブ海に浮かぶケイコス島はまわりが島だらけという場所だ。ある朝ジャックは突然その日の予定をキャンセルして別の島にキャンプに行こうって言いだした。気まぐれなんだね。それで出かけて行った島では、着くなりまず寝床を作っておこう、って。なんにもない小さな島だったから、流木やなんかを集めて。僕たち日本人勢はテントを持って行ったんだけど、一緒に連れて行った島の若者たちはそれぞれ自分の好きなように拾った素材で寝床を作っていた。それが出来上がったかと思ったら、その若い連中たちにものすごい量の伊勢海老を採ってこさせて、ビーチで解体させて、大っきな鍋で煮て、みんなで焚き火を囲みながらラムを飲んでパーティ。ジャックは話し上手で次々と昔話を聞かせてくれた。若者たちは酔っ払ってくるとジャックに絡んできたりしてね・・・。宴がたけなわになるころ、ふと気がつくとジャックは一人、先に作っておいた寝味でさっさと寝ちゃってた。ビーチを知り尽くしている彼らだから、すべてのことがあたりまえのことのように連んでいった。
きっと日本から来た僕らの反応を楽しんで見ていたんだろう。
こんな風にジャックはいったん陸に上がるとお茶目で楽しく、ヨーロッパ人らしく美味しいものに目がないおしゃれな人で、海に潜る前の彼とはまったく異なる様子だった。潜る前のジャックは、それはもうちょっと人を寄せ付けないようなところがあって呼吸の浅いのと深いのを繰り返して、それから今度は鼻から水を通していって・・・必ず1時間くらいヨガをやって準備して、いきなりむちゃくちゃなことをしない用意周到な人だった。潜る前の準備も後半になると本当にもう集中していて、すっかり別人の雰囲気だった。

海の底にあるBLUE HOLEに人間のルーツがあって、そこにはまだ明かされていない謎があるとジャックは考えていた。神秘的なことは人間の力では解明できないことが多いけど、ジャックは自らの体を使って、普通では不可能なことも可能にしながらでも、人間が海の中で生きていたことを実証したかったんだと僕は思う。

紆余曲折のケイコス島で、最初の目的だったイルカのジョジョに出会えたのは旅の最後の日だった。ジャックとジョジョが並んで良い写真が撮れた。でも僕はそれを見るたびにどこかしんみりしてしまう。なんて言うのか、本当は探し当てたから大喜びなんだけど、そこに写っているジャックも孤高の人、ジョジョもまた孤高のイルカで、なんかこの大海原のこの場所で会えてよかったね、みたいな気持ちがしてならない。
写真集 『Dedication to two watermen』ーTaiger Espere & Jacques Mayolーより
